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2014年09月

『精神医学の実在と虚構』を読んで診断について久しぶりに考えてみた

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『精神医学の実在と虚構』というすごく重厚なタイトルの本ですが、読んでみてとてもおもしろかったので少し紹介します。

精神医学の実在と虚構
村井俊哉
日本評論社
2014-03-20



京都大学医学部精神科教授の村井俊哉先生の著作です。以前から村井先生の著作や翻訳の読者だったのですが、カプグラ症候群の患者さんを診察する機会があって調べていたらたまたまこの本に出会いました。

若かりし頃の論文を紹介しながら展開するという異色のスタイルです。研修医時代に自分が持っていた問題意識と重なる部分があったりして興味深く読みました。当時出版されていたらもっと問題が整理できていたのにと悔やみながら。

キーワードは『固有名』『確定記述』です。



■固有名と確定記述

例えば、ここにあの『大泉洋』がいるとします。
大泉洋

『固有名』とは『大泉洋』

『確定記述』とは

日本の俳優、シンガーソングライター、マルチタレント。
CREATIVE OFFICE CUE(業務提携先はアミューズ)、演劇ユニットTEAM NACS、及び劇団イナダ組所属。
身長178cm。北海学園大学経済学部卒業。北海道江別市出身。
(Wikipedia)

日常的には、ある人物を特定するためにいちいち確定記述を参照して査定するのではなく、名前と顔をみて固有名=『大泉洋』であると即座に特定しています。 

カプグラ症候群とは、確定記述的には全く同じ人物であると認めているのにも関わらず、「あれは『大泉洋』ではなく別人だ」と確信するという、とても不思議な精神症状です。

確定記述と固有名が指し示すものは同じなのでしょうか?どうやら同じではないみたいです。

その理由として、、、僕たちはフィクションにおいて同じ固有名の人物をいともカンタンに別の確定記述で置き換えることができたりします。例えば、『実は外国人である大泉洋』『実は女である大泉洋』あるいはよくあるパラレルワールドものでの『別の世界から来た大泉洋』。

いくら確定記述をいじっても固有名が同じであれば別人であるとは考えられなくなってしまいます。

あるいは『大泉洋』と似たようなスペックの若い男性は複数いるでしょうが、あそこまで脚光を浴びたのは彼が『大泉洋』だからなわけです。

というわけで、固有名が指し示すのは確定記述では汲みつくせない何か『本質』のようなものではないかと。



■固有名の性質は一般名詞にも通じる 

自然種の場合は一般名詞でも固有名の不思議な性質が与えられます。

たとえば外見は虎そっくりだけど内部構造が全く違う爬虫類が発見されたとします。すると、その生物の呼称は『虎』ではなく『虎モドキ』とかになるでしょう。

というわけで、固有名は見えなくて記述しきれない内部構造・種・本質なんかを指し示すのではないか説をクリプキという哲学者が考えていたみたいです。 



■伝統的診断と固有名

さて、『統合失調症』や『うつ病』など精神科の病名も自然種のようなものだし、内科や外科の病名よりも実体がみえにくいぶん、固有名の性質を強く帯びるようになります。

また、精神科の病名がどのように伝達されるかというと、先輩が後輩を患者さんのところへ連れて行って「これが『うつ病』だよ」と紹介します。これはまさに知らない人を紹介するやり方であって固有名の伝達方法そのものなわけです。

伝統的な精神科診断はとても固有名的なものだと言えます。 研修医時代、ベテランの先生が患者さんを指して「あれが『統合失調症』だよ」「あれが『うつ病』だよ」と固有名をポンっとあげて、主観的にとてもザックリと説明してくれるだけで、確定記述的にはあまり説明してくれなかったりしました。

極端な話、「父親が統合失調症なんだからあの子も統合失調症なんじゃないの?父親と同じ薬つかってみよう!」みたいなノリもしばしば。それはそれでけっこう当たってたりするんですが、ひねくれ者だった僕は「ホントかな?」と疑問を抱くことが多々ありました。

あるいは、ケースカンファレンスで診断が統合失調症かどうかが議論になった際、別の病名である可能性を提示してその根拠をいくら積み上げてみても、雰囲気のあるベテラン精神科医がひと言「この子は統合失調症やったんやなぁ〜」と姜尚中バリの甘いヴォイスでささやくだけで議論がひっくり返って終了してしまうことがあったりしました。あの先生が言うのだからまぁ間違いないし、君はまだまだ青いなぁと、あぁそうですかと。



■操作的診断と確定記述

一方で、確定記述的な精神科診断法も存在します。操作的診断と呼ばれるものです。

例えば、アメリカ精神医学会から出版されているマニュアル『DSM』

うつ病の診断基準(DSM-Ⅳ)

以下の症状のうち、少なくとも1つある。
1.抑うつ気分
2.興味または喜びの喪失
さらに、以下の症状を併せて、合計で5つ以上が認められる。
3.食欲の減退あるいは増加、体重の減少あるいは増加
4.不眠あるいは睡眠過多
5.精神運動性の焦燥または制止(沈滞)
6.易疲労感または気力の減退
7.無価値感または過剰(不適切)な罪責感
8.思考力や集中力の減退または決断困難
9.死についての反復思考、自殺念慮、自殺企図
 
羅列された症状の記述、何個中何個当てはまればOKというデジタル感。 まさに確定記述です。



■ふたつの診断方法について 

というわけで、精神科の診断方法には伝統的かつ固有名的な診断と操作的かつ確定記述的な診断のふたつがあるわけです。

その昔はDSMを使ってプレゼンしようものならご高齢の先生からブチ切れられたものです。 なんでそこまで発作的に憤怒するのか当時はワケがわからなかったのですが、おそらく伝統的診断を信奉する彼にとって、まるっきり異文化の操作的診断は『本質』を捉えておらず、とうてい受け入れられなかったのかもしれません。 

余談ですが逆に、伝統的診断でプレゼンして中堅どころの先生(某市民病院精神科部長)にブチ切れられて「コレ読んどけ!」ってDSMの本を投げつけられたこともありました。 若造のくせに『本質』を捉えた気になってるんじゃねー、ちゃんと記述しとけってことです。どっちやねんと。



■伝統的診断に対するアンビバレンツ

これまで正しいと思われていたことがどうやら嘘くせえぞと考えがちな団塊ジュニアの特徴でしょうか、僕と同世代の精神科医たちはエライ先生の伝統的診断は嘘くさいと考えることがありました。

それと同時に、なにかしら伝統的診断のワケのわからない魅力もうっすら感じとっていたわけで、操作的診断を祭り上げることもできない中途半端な状態にいたように思います。

伝統的診断の魅力はなんといってもその速度にあります。患者さんをひと目みるだけで直観的に診断して治療方針を組み立てるのはまさに名人芸です。

一方、操作的診断は面倒くさくて時間がかかってしまうので日常業務中には実施が困難だったりします。実際は両者をその都度併用することになっていたりすることが多いのかもしれません。 

村井先生は若い頃から、伝統的診断を絶対的に礼賛するでも批判するでもなく、かといって両者を安易に折衷するでもなく、ちゃんと相対化して分析の対象にしていたところがスゴイなあと思うわけです。



■方法論的自覚について

伝統的診断と操作的診断、固有名による診断と確定記述による診断をどう使い分ければよいのか。この本によると、必要なのは『方法論的自覚』であると。自覚もなしに伝統的診断を行うのはカプグラ症候群みたいなものだと。

しかしながら「水は低きに流る」わけでして、診察室は密室だし、歳とるごとに立場上ツッコまれにくくなるので自覚する機会がなくなったりします。往年は精緻な診断をされていた敏腕精神科医もだんだん低コストの自覚なき安易な直観診断へと劣化していくのが自然な成り行きだと思います。

なのでそうならないためにも、容赦なくツッコミを入れてくれるひとたちが集う勉強会で定期的にケースカンファレンスをやっていこうと思う次第です。

ソフトスキルとライフスキルトレーニング

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先にご案内した発達障害の就労支援の講演会で、梅永雄二さんの講演を聴きました。
キーワードは『ソフトスキル』と『ライフスキルトレーニング』です。
発達障害のある人は、子どもの時から様々なトラブルにさらされます。
虐待・いじめ・孤立・不登校・ひきこもり・非行などなど

大人になってからも同様です。
ニート・フリーター・いじめ・うつ・休職・退職・ひきこもり・子どもへの虐待・犯罪・ホームレスなどなど
さすがに範囲が広すぎるだろ!ってツッコミたくなります。ですが、個々でみると例外もあるでしょうが、集団でみると発達障害のある人の方が上記の問題を抱えている確率は高くなると思います。
 
米国の障害児教育で重視されている項目
   * 移動能力
   * 身だしなみ
   * 健康管理
   * 住居
   * 余暇
   * 対人関係
   * 地域参加
   * 教育・就労
   * お金の管理
   * 法律
生活に密着したライフスキルは、日本ではおろそかにされがちかも。
 
発達障害のある人の退職理由
仕事そのもののパフォーマンス(ハードスキル)ではなく、
そのほとんどが『ソフトスキル』
『ソフトスキル』とは仕事以外の能力で、主にコミュニケーションや対人関係スキルのこと。日常生活や余暇活動をうまくやる能力も含む。休憩時間をいかに過ごすかってとても大事。
このへんは、パフォーマンスそれ自体が低下するうつ病などの精神疾患とはいくぶん事情が異なってきます。

ソーシャル・スキル・トレーニングSSTから『ライフ・スキル・トレーニングLST』
統合失調症のひとにSSTは有効だが、発達障害のひとがSSTを受けて安易に対人関係つくろうとすると訪問販売なんかにボラれて困ったりする。
まあ、統合失調症のひともかなりボラれてますので一概に言えませんが。。。ただ両者を比較するとどちらかといえば統合失調症のひとはシステムを根底から疑うことがありますが、発達障害のひとはシステムに安易に乗っかりがちです。

発達障害のひとにSSTをすることは、目の不自由な人に視る訓練をするくらい無意味なのではないか。それよりも、障害を持ち合わせていても生活しやすくなるような工夫をしていくべきではないかという発想です。
先で上げた障害児教育の項目つまりライフスキルをつけましょうと。モヤっとした『社会性』をターゲットにするのはめんどくさいんで、サクサクとライフハックしましょうと。

例えば、自分ができるようになるのではなく、障害を補うツールを利用したり、困った時は他人を頼るスキルを身につけることが大切。
感覚過敏をなくそう!とかわけわかんなくて、『ノイズキャンセリングヘッドホン』『アーレンレンズサングラス』が便利なので使おうと。その他、ゾーニングとしての壁際、窓際、個室の利用。




あるいはトレーニングすべきは当事者ではなく周囲のひと。発達障害のある人専門の自動車教習所に関わった時は、威圧的なスタッフにはやめてもらった。
って、わりと過激なことをおっしゃってました。
 

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