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スペクトラム

先日、十一元三先生の講演を聴きました。神田橋條治先生のお話とは対照的に単純明快でとてもわかりやすいプレゼンだったので少しご紹介。

ともすればゴチャゴチャしがちな発達障害を、ASD vs ADHD/カナー症候群 vs アスペルガー症候群の二分法で整理していきます。

略語
ASD 自閉症スペクトラム障害
ADHD 注意欠陥多動性障害  


◆ ASD vs ADHD
ASDとADHDはそれぞれお互いをお互いと見間違う
例えば、
  • 社会性の障害を『不注意』と誤解したり
  • 衝動性を『社会性の未熟』と誤解したり
薬剤選択や効果判定に影響するので見分ける努力をするべき
鑑別すべきポイント『馴れ馴れしさ』について
  • ADHD ひと懐っこさ・あどけなさ
  • ASD 奇異・おせっかい=社会的関係のわからなさ
→対人相互性に注目した聴き取りが重要
積極的なASDのひと特有のぐちゃぐちゃネチャネチャした対人距離感。その昔は境界例として記述されたりもしたんだろうと想像します。 
ASDの重症例はADHDを合併しやすい


◆ カナー vs アスペルガー
『人を避ける・孤立』vs『他者への活発な接近』
『発語の遅れ・緘黙』vs『雄弁・詩的・衒学的』
いずれも『自閉=対人相互反応・社会性の障害』ということで『自閉症スペクトラム』にまとめられる昨今ですが、もともと自閉症は(古典的かつ典型的な)カナー型と(非典型的な)アスペルガー型に分けられていたこともあるわけです。

で、それぞれ症候論的に特徴あるのでひとくくりにしないで別個の概念として考えた方が良いという立場です。これはつまり『自閉症スペクトラムをスプリットして考えろ』ということ。

確かに、現在の状態を記述して理解を深めるために『疾患概念』は活用されるべきだと思います。この疾患概念vsスペクトラムはこの前の固有名vs確定記述の話に通ずるので、またの機会に考えようと思ってます。


◆ASDの中核的特徴 
診断基準はDSM-Ⅴからウィングの3つ組から2つ組へ変更。カナーへの回帰。
  • A基準 対人相互的反応の障害
  • B基準 一定不変であることへのこだわり
まだ歴史が浅い疾患なのに、研究によって脳器質的基盤が収束しつつあるのは珍しいこと。
統合失調症の脳器質的基盤の方が散らかってるらしいです。

共同注意は対人相互的反応の原基でありとても重要
  • 『子供の頃の写真がカメラ目線かどうか』が参考になる
  • ASDはひとの視線に影響されにくい
  • ADHDはひとの視線に対して(定型発達のひとと同等かそれ以上に)影響される
ASDとADHDの鑑別点でもある。

ASDの症状は認知だけでなく身体を巻き込む
  • 不器用さと器用さの混在
  • 自律神経系の不安定 頻脈・湿度・気圧に弱い

◆成人期ADHDの臨床
ADHDのひとはしばしばパイオニア的存在だったりする。
薬物療法によってその特性が薄れることもある。 
ADHDの特性が環境にうまくカップリングできればすごいひとになったりする。病理的な部分をパートナーや周囲がうまくカバーしたり、どこかにはけ口があったりするとよいだろう。

ただし実際問題として、パイオニア的存在って同じ集団内に複数いたら収拾つかなくなるので、当たり障りなく環境に適応できるように脳を薬物で最適化してしまう方がよかったりして。


◆質疑応答
精神症状の合併について
  • ASDは被害関係念慮から幻覚などの精神病状態を呈することがある。幻視も珍しくない。
  • ADHDは健常者とほぼ同じという印象。
ADHDには双極性障害が多のかなと思っていましたがそうでもないみたいです。

発達障害と他の精神症状が渾然一体としているケースについて
発達を軸にアセスメントして明確に説明することによって問題が整理されることがある。
渾然一体としたものを理解するのは難しいので、もともとあった発達障害を基盤として、二次的に精神症状が加わったものとして理解する方がイイ。
 
ASDのひとの親がASDだったりする問題について
  • ASDのひとの親もASDであることはけっこうある。その場合、親のアセスメントを綿密に行う。
  • 家族機能が不十分な場合は支援のリソースを最大限活用する。
  • 逆に、親がASDだからこそ耐えられる状況もある。
実際の臨床で問題になるのはほとんどコレだったりします。


それにしても児童精神科医って、ネオテニーというか可愛らしい顔のひとが多いなあと思いました。そういう人が児童精神科医になるのか、やってるうちにそうなっていくのか、つくづく不思議だと思いました。